1の世界と2の世界
一世を風靡したかな?
【水曜日のダウンタウン】の【名探偵・津田】シリーズで話題となったキーワードですが、実は人材アセスメントや昇進・昇格アセスメントにおいても非常に重要な概念です。
詳しくはぜひ検索していただきたいのですが、ここでの「1の世界」は【名探偵・津田】が活躍する“虚構の世界”、「2の世界」は私たちが生きる“現実の世界”を指します。
人材アセスメントや昇進・昇格アセスメントでは、この「1の世界」と「2の世界」の切り分けが、各演習の前提条件として重要になります。
たとえば、インバスケット演習を例にとってみましょう。
「1の世界」では、与件として設定された企業において、「あなたは○○会社の新任支店長である」という状況が与えられます。そして、その支店長宛てに届いた多数のメール(=与件)を読み、差出人や関係者に対して、支店長として何らかの意思決定を行い、必要に応じてメール形式で指示や回答を出します。関係者には、部下、他部門の社員、上司、取引先、官公庁などが含まれます。
また、面談演習では、「1の世界」においてあなたは「○○会社の新任課長」という設定です。目の前には部下役のアセッサーが座っており、あなたはその部下に対して、あるテーマについて説得や指導を行う必要があります。
当然ながら、部下役のアセッサーは簡単には納得してくれません。論理的に反論してくることもあれば、感情的に強く反発してくることもあります。「これはさすがに現実ではありえないだろう」と思えるような厄介な対応を見せることもあるでしょう。まさにあなたを“泥沼”に引きずり込もうとするかのように振る舞います。
例えば、グループ討議を例にとってみましょう。
「1の世界」において、あなたはある企業のプロジェクトメンバーという設定になります。与えられる情報はごくわずか。その限られた情報をもとに、他のグループ討議の参加者たちとともに、プロジェクトの今後の進め方や、求められるアウトプットの水準、さらにはプロジェクト内で期待される具体的なコンテンツについて話し合わなければなりません。
しかも、与えられた時間はわずか50分。この短時間で、現実では考えにくいような抽象度の高い課題に取り組むことが求められるのです。
1の世界が基本ですけど
このように、人材アセスメントや昇進・昇格アセスメントでは、「1の世界」で各演習に臨むことが基本となります。
では、仮に「2の世界」、つまり現実の視点で各演習に臨んでしまった場合、どのようなアウトプットになるのでしょうか?
試しに検討してみましょうか。
インバスケット演習の場合、「ある案件の返信期日がすでに過ぎている」という設定がなされていることがあります。
たとえば、その案件について、次のように対応したとしましょう。
「もうすでに返信の期日を超えてしまっている? え? 現実的に仕事上、こんなこと起きる訳ないよね。これって誤植かも? なので解答欄には『返信の期日を超えることなんて考えられないので、これは誤植としか考えられません。よって対応の必要なし』と書いておこう」
また別の案件では、「与えられた役割を超えて、経営的な判断が求められている」というような難易度の高い案件となっていました。これに対して、次のように対応する人もいます。
「いやいや、こんな短い時間で、経営的な見地から判断しろなんて無理がある。時間的にも、レベル的にもとんでもない設定だ。こんなの現実ではありえない。だから、この案件については何も書かず、そのままにしておこう。」
このように、「2の世界」、つまり現実の視点で演習に取り組んでしまうと、「与件を受け入れて対応する」というアセスメントの本質から外れてしまうのです。
例えば、面談演習において「2の世界」、つまり現実の視点で取り組んでしまうと、以下のようなやり取りになってしまうことがあります。
アセッサー(部下役):「課長、私の意見のどこがまずいと思いますか?」
あなた(受講者):「えっと…いや、どこがまずいかって言われても、今聞いたばかりなので、正直よくわかりません。それに、部下役として設定されている◎◎さんが、本当にまずい意見を言うとも思えないし…。それはそれで、尊重するしかないですよね。」
アセッサー:「課長の言ってることって、正直、理解できないんですよね。それに、そんな甘い意見で、部下の私の考え方が変わると思ってるんですか?それって、本当におかしいですよ。もっとしっかりした意見を言ってくれないと。」
あなた:「…え? いやいや、私はアセッサーの◎◎さんと初対面なんですよ?そんな相手にいきなり“甘い意見”とか“おかしい”とか“しっかりした意見を言え”なんて、ちょっと失礼すぎませんか?なんなんですか、これは。そんなこと言われて、黙っていられるほど私、人間できてないですよ。ちょっと待ってください、人事の担当者を呼びますから待っていてください!!」
このように、現実の視点(=2の世界)でやり取りしてしまうと、設定された「1の世界」の目的や構造が壊れてしまい、正当な評価ができなくなります。
時々見かける2の世界
このように、本来「1の世界」を前提として取り組むべき人材アセスメントにもかかわらず、「2の世界」で書かれた回答や対応をしてしまうケースがあります。多くの受講者の方は、それを読んで「ちょっとおかしいよね」と違和感を持つことでしょう。
しかし、実際にはこのように「2の世界」で書かれた回答や対応を、ときどき見かけることがあるのです。
たとえば、インバスケット演習の回答欄に次のような記述があることがあります。
この案件は、重要性はそれなりに高いが、緊急性は極めて低い。したがって、着任後に関係者を集めて状況を正確に把握してから判断を行う
未処理。現時点では対応策を思い浮かべることができないし、事実関係も不明確である。さらに、ほかの案件ではこの問題について反対意見を述べている人もいる。よって、ここで判断を下すことはできない。リスクが大きすぎる。
……いかがでしょうか。
一見、もっともらしく見えるかもしれません。しかしこれは、「現実の仕事ではこう対応するだろう」という“2の世界”の常識に縛られてしまっている好例です。
人材アセスメントや昇進・昇格アセスメントにおいて求められているのは、「ある与件の中でベストアンサーを想定して行動する」「限られた情報の中で方針や対策を打ち出す」「訳わからないことを話してる部下(アセッサー)の真意を把握し、問題解決と育成の両方を睨んでアドバイスする」です。出揃った情報や考えるために十分な時間がある状況ではなく、むしろ逆風の状況を前提として「何とか考えて結論を出して解決行動を進める」という思考が問われているのです。
このような前提の中で、例えば先ほどのインバスケット演習の解答例にあるような「着任後に処理する」「保留する」「調査する」「上司に任せる」「部下に丸投げする」は、「2の世界」でも“決断の回避”や“優柔不断なスタンス”と評価されますよね?
人材アセスメントや昇進・昇格アセスメントで評価されるのは、確かな思考だけではありません。同じように重視されるのは、「限られた時間と情報量の少なさ、信頼性が低い与件情報の中で、結論を導き、リスクを想定した上で、責任をもって決断することができるかどうか」という点です。
仮に思考や決断に必要な情報が不十分であったとしても、現時点での最善解を提示し、それに対するリスクや留意点、踏まえた手順や進め方も明記する。これが、1の世界で求められているアウトプットなのです。
まとめます
私たちは自らの経験や仕事観の蓄積の中、日常的に考えて行動しています。つまり“2の世界”が当たり前。しかし、人材アセスメントや昇進・昇格アセスメントという場では、「1の世界」に完全に入り込むことから始める必要があります。
「1の世界」の設定を大前提として、その役職や立場に本当に就いているとして考えて行動する。それはまさに、「名探偵・津田」が役になりきって謎を解くと同じ構造です。このことで、1の世界でのアウトプットからは、自分自身の思考や対人、資質の傾向やレベルが自他ともに明確になるのです。
人材アセスメントや昇進・昇格アセスメントは、「仮に・例えばの状況を通じて、自分自身の“現実での思考や対人、資質の傾向やレベル”をアセッサーにプレゼンテーションする場」です。
ぜひ皆さんも、ここを勘違いせず、「1の世界」で人材アセスメントや昇進・昇格アセスメントに臨んでください。そうすることでアセッサーから正しい評価を受けることが可能となります。
最後に
「でも、名探偵・津田では1の世界と2の世界をいったりきたりする場面がありましたよね」
「最後のサゲは、1の世界と2の世界をつなげる形じゃなかったかな?」
インバスケット演習や面談演習、グループ討議でウケを狙いたいのであれば推奨します。また、人材アセスメントや昇進・昇格アセスメントで「ウケる力」が設定されていれば推奨しますが、「概念化」あたりはマイナスになる可能性が高いかも?