グループ討議で進行役として大活躍?

アセッサーは、ちゃんと言っています

グループ討議の説明の場面。

まともなアセスメント業者、まともなアセッサーであれば、時間配分の説明や禁止事項の説明に続けて、必ずこう申し上げます。

「形式的なリーダー役や進行役、書記役は決めないでください」

聞いた記憶、ありますよね。ありますよね?

そして受講者の皆さんは、ちゃんと守ってくださいます。「では役割分担を決めましょう。司会と書記とタイムキーパーを…」なんて言い出す方は、まずいらっしゃいません。さすがにそこまでの方はいません。

にもかかわらず、討議が始まって10分もすると、進行役が1名、でき上がっているんですね、これが。

「まず時間配分を決めませんか。50分なので情報共有に15分、議論に20分、まとめに5分ということで」

「では一人ずつ順番に意見を伺いましょうか。○○さんからお願いします」

「残り20分ですね」(誰も頼んでいない)

「○○さん、まだご発言がないようですが、いかがですか」

「すみません、ここまでを一度、整理させてください」

一度も「進行役をやります」とは言っていません。決めてもいません。だから注意事項には違反していない。ご本人にも自覚がない。

フィードバック面談で「進行役をやられましたよね」と申し上げると、心の底から不思議そうな顔で「いえ、私は進行役をやったつもりは全くありません」とお答えになります。

これを弊社では自主形式的な進行役と呼んでおります。

なぜ「形式的な役割を決めないでください」なのか

理由は極めてシンプルです。

形式的な役割を担った瞬間、その人のタイプも対人スキルも、観察と評価が不能になるからです。

考えてみてください。

進行役の「○○さん、まだご発言がないようですが、いかがですか」。

これ、受容性でしょうか。リーダーシップでしょうか。人材活性化力でしょうか。

違います。進行役という役割が、そう言わせているだけです。

アセッサーはこの発言を観察して、評価会議の席上でこう言うことになります。

「(リードアセッサー)発言していない人に話を振っていましたね」

「(グループ担当アセッサー)ええ、進行役でしたから」

以上、終了。何の証拠にもなりません。

同じ理屈で「残り20分です」は計画性ではなくタイムキーパーの職務、「今のご意見をまとめますと」は概念化ではなく書記の職務、「一人ずつ順番に」は公平性ではなく司会の職務。

全部、役割に吸い取られます。

その人の持ち味なのか、役割がそうさせているのか、切り分けができない。切り分けができない行動は、コンピテンシーの証拠として使えない。使えない以上、評価のしようがない。

だから「決めないでください」なんですね。決めた瞬間、その人の50分間が丸ごと評価不能になってしまうので。

そして自主形式的な進行役の皆さん。事前に冒頭にみんなで形式的に決めていないだけで、やっていることは同じです。同じどころか、誰にも頼まれていないのに自分から形式を選んだわけですから、アセッサーから見た印象は、形式的に決まった進行役よりも重いことになります。

しょっぱいグループ討議

もう一点、申し添えます。

自主形式的な進行役が1名いらっしゃると、そのグループ討議は高い確率でしょっぱくなります。

順番に意見が並び、対立が起きる前に整理され、時間どおりに、当たり障りのない結論へ着地する。事故は起きない。荒れもしない。けれど、見どころが何もない。

アセッサーは50分間、「あーあ」とつぶやきながら座っていることになります。

さて、この場合、アセッサーの怒りの矛先はどこへ向かうでしょうか

念のため申し上げますが、他の受講者の皆さんは特に困りません。順番に指名されようが整理されようが、動く人は勝手に動きますし、それぞれに評価はつきます。周囲に迷惑をかけているという話ではありません。

怒りの矛先は全部、自主形式的な進行役の受講者の方に向かいます。

50分間、形式的な薄い進行に関する言動と、しょっぱい討議の主犯という記憶。この2つがセットで残ります。

ただし、本物は別です

ここまで読んで「では仕切ってはいけないのか」と受け取られると困りますので、はっきりと申し上げます。

仕切ることが好きで、向いていて、はまっている人。この方は絶対に否定しません。

むしろ堂々とやってください。その方が場を動かすのは形式ではなく本人の持ち味であり、出てくる言動は全部、コンピテンシーの証拠としてカウントされます。

では、本物と自主形式的、どう見分けるのか。

アセッサー席からは、驚くほど簡単に見分けがつきます。

本物は、内容で仕切ります。

「その案、コストの見通しが誰も出せていませんよね。先にそこを潰しませんか」
「私は反対です。理由は3つあって、まず──」
「今の議論、前提が2つに割れています。私はA案の前提で進めるべきだと考えます」

自主形式的な方は、手順で仕切ります。

「では一人ずつ順番に」
「残り20分です」
「一度、整理させてください」

お分かりでしょうか。

本物の仕切りには、必ず本人の意見が乗っています。仕切ることと主張することが同じ動作になっている。だから役割に吸い取られない。「進行役だからそう言った」という説明が成り立たないので、全部が本人の手柄になります。

一方、手順で仕切る発言には、本人が入っていません。誰が言っても同じ内容です。誰が言っても同じ発言は、誰の評価にもなりません。

【罪その一】上司に教わってしまった

では、なぜ自主形式的な進行役が量産されるのか。

第一の出所は、もはや説明するまでもありません。

「グループ討議は司会をやったやつが合格する」
「とにかく進行役を取れ。目立たないと話にならない」
「議論をリードした人間が高評価だ。これは間違いない」

職場の上司、部長、社内勉強会の講師。皆さん、良かれと思ってアドバイスをくださいます。悪気は微塵もありません。

ただ、その方の人材アセスメントの受講の試行回数は1回か2回です。

このあたりは以前のコラムでも触れましたので深追いはいたしませんが、「司会をやると評価される」は、業界側が明確に否定している注意事項を、社外の伝聞が上書きしているという、なかなか珍しい構図になっております。

アセッサーが「形式的な進行役を決めないでください」と言い、受講者の頭の中では上司の声が「司会を取れ」と言っている。

そして多くの場合、勝つのは上司の声なんですね…。

なお、「誰もやらないなら自分が」という動機でやむなく場を動かした方。この方は今回の対象外です。それは責任感の発露であり、そこは別途、評価いたしますのでご安心ください。

【罪その二】進行を武器にしたい

そして、こちらが本題です。

第二の出所は、本当は協力のポジションにいる方が、そこでは勝負にならないと考えて、進行という場所へ自分を移してしまうケースです。

「自分は前に出るタイプじゃない」
「けど聞き役に回っていたら埋もれてしまう」
「何か武器がないと差がつかない」

そう考えて、進行役という位置を武器にしようとする。

お気持ちは分かります。分かるのですが、これが丸損なんですね。

理由を3つ申し上げます。

ひとつ。一番おいしい場所を、自分で捨てている。

受容性、チームビルディング、人材活性化力、協調性、支援力。この系統のコンピテンシーは、協力のポジションからしか出てきません。前で仕切っている人からは出ないんです。構造的に出ない。

つまり協力のポジションというのは、そこに座っているだけで特定のコンピテンシーの独占的な証拠採取地帯なのであって、捨てる理由がどこにもない。

ふたつ。移動先が、一番の激戦区。

「仕切ると評価される」を信じている方が、そのグループに何名いると思われますか。

前で仕切る位置は、競争率が異常に高いんです。以前のコラムでも申し上げましたが、競争率が高い場所に自分から突っ込んで、差が際立つどころか群衆に飲まれる。しかも本来の激戦区の住人である「本物」の方々と、真正面から比較されることになります。

みっつ。移動先で出せる持ち球が、段取りしかない。

これが決定的です。

本来、協力のポジションが持ち味の方は、進行の位置に移っても内容で仕切ることができません。内容で仕切るのは、もともとそれが持ち味の人の芸当です。

すると何が起きるか。手順しか出せないんですね。

「では一人ずつ順番に」
「残り20分です」
「整理させてください」

50分間、これです。

以前のコラムで「借りてきた猫ではなく、居座っていた犬でいきましょう」と申し上げました。今回はさらに悪くて、借りてきた猫が、猫としても機能していない状態です。

自分の持ち味を捨て、向いていない場所へ移動し、そこで出せる球は誰が言っても同じ段取りだけ。そして討議はしょっぱくなり、アセッサーの視線が集まる。

丸損、と申し上げた意味はご理解いただけたでしょうか。

では、どうするか

ここまでで「進行してはいけない」と受け取られると困りますので、もう一度、正確に申し上げます。

やめていただきたいのは進行ではありません。

看板を掲げることです。

役割ではなく、機能を担ってください。

具体的に申し上げます。協力のポジションのまま、場を動かす発言というのは、実はいくらでもあります。

「今の話、○○さんの論点と△△さんの論点が、実はズレていますよね。私は先に○○を決めたほうがいいと思うのですが、いかがでしょう」

お分かりでしょうか。

これは進行です。議論の整理であり、順序の提案です。同時に、内容の判断が入っています。さらに、自分の意見が乗っています。

一発で三度おいしい。

そして決定的に重要なのは、これを言うのに進行役という看板が一切いらないという点です。看板がないので、「役割だからそう言った」という説明が成立しない。だから全部、ご自身の評価に積み上がります。

以前のコラムで、フワフワした時間配分の提案よりも、情報共有のガイドラインを提案したり、自ら情報共有の窓口として動くほうがよほど効果的だと申し上げました。同じ話です。

看板を持つと、発言が形式に縛られます。看板を持たなければ、内容と進行を同時に出せます。

なお、もしグループ内の他の方が、自主形式的に進行役を始めてくださった場合。止める必要はありません。心の中で静かにお礼を申し上げて、ご自身は内容で勝負してください。競争相手が1名、自主的に降りてくださったということですので…。

最後に

まとめます。

  • アセッサーは「形式的なリーダー役や進行役、書記役は決めないでください」と説明している
  • それは、形式的な役割を担うと、その人の観察評価が不能になるから
  • 名乗っていなくても、手順で場を運営していれば同じこと。これが自主形式的
  • 本物、つまり仕切ることが好きで向いている方は、堂々とどうぞ。本物は内容で仕切ります
  • 上司の「司会を取れ」は、業界が明確に否定している注意事項です
  • 協力のポジションを捨てて進行を武器にしようとするのは、丸損です
  • 掲げるべきは看板ではなく、機能です

さて、ここまでお読みになって「では、自分は本物なのか、自主形式的なのか」と考え込んでしまった受講者の方。

ご自身のタイプの見極め、そして協力のポジションのまま場を動かす具体的な発言の作り方については、みんなのアセスメント・サブスク版の合格セミナーで実際に討議を実施し、検証していただくのが一番の近道です。

自分では「内容で仕切っているつもり」の方が、録画を見ると全部、手順だったという場面、毎回のように発生しております。

早いうちに、ぜひ一度。